
自分の健康記録が、スマホアプリで全部見れたら便利ですよね。でも、その情報、誰が管理するんでしょう?米国のAP通信が報じた、個人の医療情報を政府と巨大IT企業が共有する、壮大な新計画。その光と影を紹介します。
このニュースの要点は、下記3つです。
- 米政府が、GoogleやAmazonなど60社以上の民間企業と連携し、個人の医療情報や健康データを共有する新システムを立ち上げること。
- 患者が自分の記録にアクセスしやすくなる利便性や、医師がより良い治療を提供できるといったメリットが期待されていること。
- 一方で、専門家からは「極めて深刻な倫理的・法的懸念がある」と、個人情報のプライバシーに関する強い警告が出されていること。
▼ 出典元
Trump administration is launching a private health tracking system with Big Tech’s help
“便利さ”の裏にある壮大な計画とは?
2025年7月31日、トランプ政権は、米国民の個人の健康データや医療記録を、複数の医療システムや民間IT企業のアプリを横断して共有可能にする、新しいプログラムの立ち上げを発表しました。
この計画には、Google、Amazon、Appleといった巨大IT企業や、CVSヘルスのような医療大手を含む60社以上が参加を表明。
来年初頭のシステム稼働後は、例えばフィットネスアプリ「Noom」が、ユーザーの許可を得て病院の血液検査データを取得し、AIが分析して減量プランを提案する、といったことが可能になります。
ホワイトハウスでの発表イベントで、トランプ大統領は「アメリカの医療ネットワークは、何十年もハイテク化が遅れていた」「この発表で、我々は医療をデジタル時代へと導く大きな一歩を踏み出す」と、その意義を強調しました。
なぜ今、医療のデジタル化が急がれるのか?
この計画が推進される背景には、現在の医療システムが抱える深刻な非効率さがあります。
クリーブランド・クリニックのCEO、トミスラフ・ミハルエビッチ博士によれば、現在、患者の医療記録は各医療機関に分散しており、共有するには未だにファックスが使われるなど、情報連携が極めて困難です。
この「データのサイロ化」は、時に治療の遅れや誤診の原因にもなります。
新しいシステムは、この障壁を取り払い、医師が患者の完全な医療履歴を瞬時に把握できるようにすることを目指しています。
さらに、Apple Healthなどのアプリから得られる食事や運動といった日常のデータは、医師が肥満や糖尿病などの慢性疾患を管理する上で、非常に貴重な情報になると期待されています。
専門家が警鐘。「非常に心配すべき」本当の理由
しかし、この「利便性」と引き換えに、私たちは何を失うのでしょうか。
多くの専門家が、この計画に深刻な警鐘を鳴らしています。
公衆衛生法を専門とするジョージタウン大学のローレンス・ゴスティン教授は、「極めて深刻な倫理的・法的懸念がある。全米の患者は、自分の医療記録が、自分や家族に害を及ぼす形で使われることを、非常に心配すべきだ」と述べています。
懸念の背景には、政府による過去のデータ利用の実績があります。
このシステムの管理主体であるメディケア・メディケイド・サービスセンター(CMS)は、最近、管理下にある1億4千万人以上の米国民のデータベース(自宅住所を含む)を、強制送還を担当する当局に引き渡すことに合意しました。
医療記録には、医師との会話のメモや、薬物乱用、精神疾患の既往歴など、はるかに機微な情報が含まれます。
デジタル民主主義センターのジェフリー・チェスター氏は、「この計画は、機微で個人的な健康情報のさらなる利用と収益化への扉を開くものだ」と、強い懸念を表明しています。
日本の私たちにとっての意味とは?
これは、遠いアメリカだけの話ではありません。
日本でも、マイナンバーカードと健康保険証の一体化が進み、個人の医療情報を政府が管理・活用しようという大きな流れがあります。
もちろん、医療の効率化や質の向上という大きなメリットは期待されます。
しかし、その一方で、私たちの最もプライベートな情報が、いつ、誰によって、どのように利用されるのか。
そのルール作りや監視の仕組みは、本当に十分なのでしょうか。
「利便性」という魅力的な言葉の裏に潜むリスクを、私たち一人ひとりが冷静に見極める必要がある。
この米国のニュースは、そんな重要な問いを、私たちに投げかけています。
まとめ
あらためて、このニュースの要点をおさらいします。
- 米政府が、GoogleやAmazonなど60社以上の民間企業と連携し、個人の医療情報や健康データを共有する新システムを立ち上げること。
- 患者が自分の記録にアクセスしやすくなる利便性や、医師がより良い治療を提供できるといったメリットが期待されていること。
- 一方で、専門家からは「極めて深刻な倫理的・法的懸念がある」と、個人情報のプライバシーに関する強い警告が出されていること。
「「便利になるのであれば、良いではないか」。そうお考えになる気持ちは、よく理解できます。しかし、一度手放してしまった個人情報というものは、決して元には戻らないという側面も忘れてはなりません。目の前にあるその同意ボタンを押す前に、その先に待つ未来について、今一度立ち止まって考える必要があるのかもしれません。