コミックマーケット的な熱気と、禅寺の静寂が同居する場所があると聞いたら、信じられるだろうか?
2025年10月10日(金)、11日(土)の2日間、会場は『渋谷PARCO DGビル18階(ドラゴンゲート東京)』。ここに、アジア初開催となるバイオハッカーの祭典『HOLOLIFE SUMMIT(ホロライフサミット)東京2025』が降臨した。足を踏み入れた瞬間、五感が情報の洪水に叩き込まれる。重低音を響かせるカンファレンスステージ、その傍らに最先端ガジェットの放つ無機質な光に、人間が発する熱量の渦。
掲げられたテーマは「THE ZEN OF LONGEVITY(禅が導く長寿の知恵)」。一体「バイオハック」とは何なのか? そしてなぜ、アジア初のその祭典は、これほどまでに奇妙で、科学と神秘がごちゃ混ぜになった空間になっているのだろうか? 知的好奇心と少しの警戒心を胸に、このカオスの深淵を探る旅が始まった。
公式サイト:HOLOLIFE SUMMIT TOKYO2025
目次
「バイオハック」の世界地図と、『ホロライフサミット』が立つ場所

この奇妙で魅力的な空間を理解するには、まず「バイオハック」というムーブメントの世界地図を広げる必要がある。
潮流1:シリコンバレーの「最適化」という福音
現代バイオハックの震源地はアメリカ西海岸だ。彼らが掲げるのは「身体パフォーマンスの最大化」という、データドリブンで合理的な思想。ヘルステック企業『SelfDecode(セルフデコード)』創設者のジョー・コーエン(Joe Cohen)氏のように、遺伝子解析に基づき、徹底的にパーソナライズされた健康戦略を追求する。身体はハックすべき対象であり、すべては最適化されるべき指標だ。
潮流2:日本から生まれる「調和」というカウンター

では、『ホロライフサミット東京2025』はこの地図のどこに位置するのか? 答えは、シリコンバレーの潮流に対する、敬意ある「哲学的カウンター」であり、アジアという土壌から生まれた「地域的進化形」だ。
その思想は、登壇者の配置に見事に現れている。
サミットのキュレーターであるテーム・アリナ(Teemu Arina)氏や、前述したジョー・コーエン氏、老化分子生物学の権威である早野元詞准教授が「科学とデータ」の極を担う。
一方で、その対極には、食べる瞑想を説くももえ氏や、国際的なマインドフルネス専門家のレベッカ・コッヘンダーファー(Rebecca Kochenderfer)氏といった「精神と叡智」の専門家たちが立つ。
そして、この両極を繋ぎ、昇華させる存在として、伊藤穰一氏(千葉工業大学学長・元MITメディアラボ所長)が座っている。彼はテクノロジーの最先端を走りながらも、常にその社会的・哲学的意味を問い続けてきた人物だ。彼がこの場にいること自体が、『ホロライフサミット』が単なるテックイベントではないことの証明に他ならない。
さらに、この思想を最も鮮やかに体現していたのが、ホロライフアーティストの赤坂陽月氏だ。彼はなんと、ビートボックスを奏でる禅僧音楽家。西洋由来のストリートカルチャーと、東洋の精神文化が、一人の身体の中で完璧に融合している。
『ホロライフサミット』は、バイオハックというグローバルなムーブメントが、各地域の文化と融合し始めたことを示す、世界的に見ても重要な試金石なのである。この地図を手に、いよいよその「必然的な混沌」の渦中へと飛び込んでみよう。
肉体というフロンティアへの極端な問いかけ
思想を肉体で理解するエクスペリエンスゾーン。ここでは、極端な「動」と「静」のアプローチが来場者を待ち受けていた。
冷気の洗礼:『クライオアイスサウナ』
ひときわ目立つブースから、白い冷気が漏れ出している。『クライオアイスサウナ(CRYO ICE SAUNA)』。キャビンの中に入ると、液体窒素ガスが噴射され、気温は一気に-100℃級まで下がる。思考が停止し、本能が「なんじゃこりゃ!」と叫びを上げる。だが、その衝撃的な3分間が終わると、身体には奇妙な変化が起きていた。血が巡り、頭は冴えわたり、全身がシャキーンと覚醒する感覚。強制的なOSの再起動だ。
公式サイト:クライオアイスサウナ
静寂の抱擁:『Clearlight』遠赤外線サウナ
極寒体験のすぐ隣には、やさしい曲線に包まれたドームが佇む。『クリアライト(Clearlight)』の遠赤外線サウナだ。「電磁波90%以上カット」というスペックが、現代人の不安に応える。足裏からジワ〜ッと広がるその温もりは、交感神経の高ぶりを鎮め、身体の芯から静かに整えていく。
公式サイト:クリアライト

拡張する意識、テクノロジーとアートの交差点
肉体への問いかけは、やがて「意識」の領域へと広がっていく。
描くのではなく、身体が描かされる感覚:『ライフペイント』
音楽に合わせ、踊絵師・神田さおり氏の身体そのものが筆となり、空間ごと塗り替えていく『ライフペイント(LIFE PAINT)』。これは、思考を介さず魂が直接キャンバスに触れるような、原始的でパワフルなハックだ。「生きる感覚を拡張するアート」が、バイオハックの定義を軽々と超えていく。
公式サイト:神田さおり
騒音の海で見つけた静寂:『ニューロヴィザー』
カンファレンスステージ真横で、人々が瞑想デバイス『ニューロヴィザー(neuroVIZR)』を装着している。このギャップがエグい。外界の騒音の中、光と音の波が意識を強制的に内側へと向かわせる。それは、カオスな環境でこそ真価を発揮する、都市生活者のためのハックだった。
公式サイト:ニューロヴィザー
科学の地図に載らない「異界」との遭遇
探検の最後に、私はこの会場で最も謎めいた一角に足を踏み入れた。
『土帝君(Tu-Ti-Kun)』と刻まれた黒い箱。謎めいた龍蛇のロゴ。テーブルには、用途の分からないビーズやUSB音源。漢方か? スピリチュアルなアートか? この「分類不能な存在」が放つ圧倒的な“異界感”こそが、このイベントの多様性を象徴していた。『ホロライフサミット』は、科学で割り切れない「何か」の存在を、むしろ積極的に招き入れているのだ。
まとめ
結局のところ、この熱狂の正体は何だったのか。
「最先端ほど時に怪しい」私も最初はそう構えていた。だが、会場を巡るうちに、その考えは少しずつ変化していった。
クライオで凍え、サウナで整い、光に恍惚とし、黒箱の前で何かを悟る…。体験はバラバラでも、ブースを後にする誰もが、なぜか一様に「ありがたい顔」をしていたのだ。そこには、科学的エビデンスがあるか、正しいか、という議論は存在しない。あるのは、個々人が自分なりの方法で心身が「整った」という、主観的だが絶対的な体験の肯定だ。
『ホロライフサミット』は、単なる見本市ではなかった。それは、参加者一人ひとりが自分だけの「ありがたみ」を見つけ出し、その発見を祝福し合う、「ありがたみカルチャーの祝祭」だったのだ。
この知的で刺激的なカオスは、日本におけるバイオハックの、そして新しいウェルネスの潮流の、ユニークな始まりを告げているのかもしれない。エビデンスの、その先へ。私たちの探求は、まだ始まったばかりだ。
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