
この記事では、がん生物学とカンナビノイド研究の世界的権威、デディ・メイリ博士の講演に基づき、がん予防と未来の医療に関する新しい考え方「多標的アプローチ」について解説します。
この記事を読めば、下記3つのことがわかります。
- 一つの薬で一つの原因を叩く「単一標的」治療の限界と、それに代わる新しい医療の考え方。
- イスラエルで医薬品として扱われる「大麻」。その驚くべき多様な効果と、がん治療への応用研究。
- 専門家が目指す、遺伝子レベルで「あなただけのがん」に合わせた、究極の個別化医療の未来像。
▼ 情報元紹介
- 話し手: デディ・メイリ(Dedi Meiri)教授
- 経歴: イスラエル工科大学(テクニオン)教授。生物学・植物生化学が専門で、医療大麻の研究における世界的権威。カンナビノイドやテルペン成分の多様性・作用機序解明に取り組み、患者ごとの症状や遺伝的特徴に応じたパーソナライズ医療の開発を推進。臨床試験や政策提言も多数行い、医療用大麻エビデンスの構築と国際標準化に大きく貢献している。
- 出典元: Cannabis as a Multi-Target Therapeutic Tool with Dedi Meiri, PhD
※この記事は、講演の紹介であり、医学的アドバイスではありません。健康に関する判断は必ず医師にご相談ください。
がん検診の結果は「異常なし」。でも、本当に安心できますか?

健康診断のがん検診で「異常なし」の結果を見て、ホッと胸をなでおろす。でも、その安堵感の裏側で、消えない小さな不安が渦巻いていませんか?
「今は大丈夫でも、来年はどうだろう」
「親戚ががんで亡くなっているから、自分もいつか…」
テレビで芸能人のがん闘病のニュースを見るたびに、その不安は現実味を帯びて心をよぎる。体に良いと言われるものを食べ、定期的に運動をし、自分なりに予防に努めているつもり。でも、その努力が本当に正しいのか、確信が持てない。この、霧の中を歩いているような心許なさ。それは、現代医療がまだ解明しきれていない「がん」という巨大な敵に対する、私たちの根源的な恐怖なのかもしれません。
いつまで“一つの答え”を探し続けますか?

私もかつては、科学が進歩すれば、いつかどんながんでも治せる魔法の薬が発明されると信じていました。
しかし、知れば知るほど見えてきたのは、「がん」という病の、想像を絶する複雑さでした。がんは、決して一つの原因で起こる単純な病気ではありません。遺伝子の変異、生活習慣、免疫の状態、そして偶然。無数の要因が複雑に絡み合って生まれる、あなただけの「個別のがん」。それに、たった一つの薬で立ち向かうことの限界を、私は痛感したのです。だからこそ、あなたに伝えたい。視点を変えれば、絶望の壁の向こうに、新しい希望の扉が見えてくるかもしれないのです。
がんが手強い本当の理由。「単一標的」治療の限界

なぜ、医学がこれほど進歩した現代でも、がんは依然として死因の上位を占め続けているのでしょうか。その根本的な原因を、がん生物学者のメイリ博士は、現代の創薬アプローチそのものにあると指摘します。
一つの鍵穴に、一つの鍵
現代の製薬業界が基本とするのは、「単一分子・単一標的」という考え方です。これは、病気の原因となる特定のタンパク質や酵素(=鍵穴)を見つけ出し、その働きだけをピンポイントで阻害する化合物(=鍵)を設計するというアプローチです。
この方法は、一部の病気には非常に効果的でした。しかし、がんのように、複数の遺伝子変異が複雑に絡み合い、様々な経路を使って増殖・転移する狡猾な敵に対しては、一つの鍵穴を塞いだだけでは不十分なのです。がんはすぐに別の迂回路を見つけ出し、薬への耐性を獲得してしまいます。
これが、高価な抗がん剤が、最初は劇的に効いたように見えても、やがて効かなくなってしまう大きな理由です。
自然界の知恵「ポリファーマコロジー」
この限界を打ち破る鍵として、メイリ博士が注目するのが、植物が何億年もかけて進化させてきた生存戦略、「ポリファーマコロジー(多薬理学)」という考え方です。
植物は、自分を守るために、何百、何千種類もの化合物を体内で作り出しています。そして、これらの化合物は、それぞれが異なる標的に作用し、オーケストラのように協調して働くことで、強力な相乗効果(アントラージュ効果)を生み出します。
一つの鍵で一つの鍵穴を開けるのではなく、たくさんの鍵で、同時にたくさんの鍵穴を開けたり閉めたりする。この「多標的アプローチ」こそが、がんという複雑な敵を制圧するための、新しい戦略となりうるのです。
あなたのがんリスク、知っていますか?
がんは、早期発見が何よりも重要です。しかし、健康診断だけでは見つけられないがんもあります。最新の遺伝子検査なら、唾液や血液から、あなたが生まれ持ったがんのリスクを詳細に分析することができます。未来への不安を減らすために、まずは自分の体を知ることから始めてみませんか?
解決策は「個別化医療」。イスラエルの大麻研究が示す未来

この「多標的アプローチ」の最も優れたモデルケースとして、メイリ博士が研究しているのが「大麻(カンナビス)」です。
日本ではまだ馴染みが薄いですが、イスラエルでは、大麻は医師が処方する「医薬品」として厳格に管理され、がんの緩和ケアやてんかん、睡眠障害など、様々な疾患の治療に活用されています。
大麻が持つ無限の可能性
大麻には、THCやCBDといった有名な成分(カンナビノイド)以外にも、何百種類もの有効成分が含まれています。そして、それらの組み合わせや比率は、品種(系統)によって全く異なります。
メイリ博士の研究室では、この複雑な化合物の組み合わせと、様々な種類のがん細胞との関係を分析する、世界でも類を見ない研究を行っています。そして、驚くべき事実を次々と明らかにしています。
- 特定の白血病を殺す化合物の特定:
「Notch1」という特定の遺伝子変異を持つ白血病細胞に対して、ある特定の大麻の化合物の組み合わせが、選択的に細胞死を誘導することを突き止めました。 - 見過ごされてきた「希少カンナビノイド」の力:
これまで「希少」で量が少ないと思われていたカンナビノイドが、品種によっては3番目に多く含まれ、それが強力な抗がん作用を持つことを発見しました。これは、標準的な検査では見過ごされてきた、未知の可能性を示唆しています。
あなただけの「オーダーメイド治療薬」
メイリ博士が目指す未来。それは、「あなたのがんの遺伝子情報」と「特定の大麻品種の化学成分情報」をマッチングさせ、あなたのためだけの「オーダーメイド治療薬」を処方するという、究極の個別化医療です。
これはもはや、試行錯誤の代替医療ではありません。膨大なデータと科学的根拠に基づいた、次世代のがん治療の姿なのです。このアプローチは、がんだけでなく、アルツハイマー病や自己免疫疾患といった、現代医療がまだ克服できていない多くの複雑な病気にも、新たな光を当てる可能性を秘めています。
みんなの生声
関連Q&A

Q. 日本人のがん予防に最も効果的な生活習慣は何か
A:国立がん研究センターが提唱する「日本人のためのがん予防法」では、「禁煙」「節酒」「食生活の見直し」「身体を動かす」「適正体重の維持」の5つが挙げられています。特に食生活では、塩分を控えめにし、野菜や果物を十分に摂ることが推奨されています。これらは、胃がんや大腸がんなど、日本人に多いがんのリスクを低減させることが科学的に示されています。
Q. どのようながん予防法が科学的根拠に基づいているか?
A:まずは禁煙、そしてお酒は飲むなら適量(日本酒なら1日1合程度)にすることです。食事では、塩蔵品を控え、野菜を1日350g以上摂ることを目指しましょう。運動は、毎日合計60分程度のウォーキングなど、無理のない範囲で体を動かす習慣をつけることが大切です。そして、定期的にがん検診を受けること。これにより、万が一がんが発生しても、早期発見・早期治療に繋げることができます。
Q. がん予防のために私ができる具体的な行動は何か?
A:一部はすでに始まっています。「がんゲノム医療」として、患者さんのがん組織の遺伝子情報を調べ、その変異に合った分子標的薬を選択する治療が、保険診療で行われるようになっています。しかし、これはまだ「単一標的」の考え方が基本です。メイリ博士が目指すような、複数の化合物を組み合わせる「多標的」の個別化医療は、まだ研究段階であり、未来の医療と言えます。
まとめ
あらためて、今日の話の要点をおさらいします。
- がんのような複雑な病気に対し、一つの原因だけを叩く現代の薬には限界がある。
- 植物は何億年もかけて、複数の成分で多角的に敵と戦う「多標的アプローチ」を進化させてきた。
- イスラエルの研究は、大麻の多様な成分とがんの遺伝子情報を組み合わせる、未来の個別化医療の可能性を示している。
「がんは、もはや不治の病ではない」。その言葉を、私たちは何度も耳にしてきました。しかし、大切な人が病に倒れた時、その言葉が空虚に響くことも知っています。メイリ博士が示す未来は、まだ遠い道のりかもしれません。しかし、彼の研究は、私たちが自然界の偉大な知恵に学び、視点を変えることで、これまで越えられなかった壁を越えられるかもしれないという、力強い希望を与えてくれます。