
この記事では、アルツハイマー病研究の世界的権威、ジョン・ハーディ教授の講演をもとに、多くの人が恐れるアルツハイマー型認知症の原因の最新学説と、そこに差し込み始めた希望の光について解説します。
この記事を読めば、下記3つのことがわかります。
- アルツハイマー病の本当の原因が、脳の「ゴミ掃除システムの破綻」であるという衝撃の事実
- 遺伝や生活習慣が、そのゴミ掃除システムにどう影響するかの具体的なメカニズム
- 最新治療薬の登場で、アルツハイマー病が「治る」時代は来るのかという未来予測
▼ 情報元紹介
- 講演者: ジョン・ハーディ(John Hardy)教授
- 経歴: UCL教授・遺伝学者。アルツハイマー病の「アミロイド仮説」を提唱し、認知症研究で世界的に著名。多数の国際賞を受賞
- 出典元: IAS Distinguished Lecture by Prof. John HARDY (Nov 9, 2023)
最近、物忘れがひどい…これって、もしかして認知症の始まり?

「あれ、昨日のお昼、何を食べましたっけ?」
…思い出せない。まあ、大したことじゃない、と自分に言い聞かせる。でも、心の中はザワザワしますよね。「人の名前が出てこない」「約束をうっかり忘れる」。そんな症状が増えるたびに、「自分はアルツハイマー型認知症になりやすい人なんじゃないか」という恐怖が、黒い影のように忍び寄る。
親の介護を経験した方なら、なおさらでしょう。「自分もいつか、あんな風になってしまうのだろうか」。アルツハイマー型認知症の寿命や、家族にかける負担を考えると、ただ長生きするのが怖い、とさえ思ってしまう。その臆病な気持ち、痛いほどよくわかりますよ。
ですが、その漠然とした恐怖に飲み込まれる前に、まずは敵の正体をきちんと知ることから始めませんか? なぜなら、科学は、その正体をかなり詳細に暴き始めているのですから。
なぜ、アルツハイマー病は“他人事”ではないと言えるの?

「うちは遺伝的に大丈夫だから」なんて、のんきなことを言っている場合ではありませんよ。確かに、家族性アルツハイマー病という特殊なケースはありますが、ほとんどは遺伝的要因だけで決まるわけではありません。最大のリスク因子は、誰にでも平等に訪れる「加齢」です。
そして、それに追い打ちをかけるのが、日々の生活習慣。高血圧・糖尿病・脂質異常症といった、ありふれた生活習慣病が、脳の健康を静かに蝕んでいくことがわかっています。さらに過去の頭部外傷歴もリスクを高める。ほら、だんだん他人事じゃなくなってきたでしょう?
この病気は、特別な誰かがかかるものではありません。今のあなたの生活習慣そのものが、未来のあなたの脳に請求書を送りつけているようなものです。だからこそ、アルツハイマー型認知症の原因を正しく理解し、今日からできる予防に取り組むことが、何よりも重要になるのです。
では、専門家は“本当の原因”をどう説明しているの?

「アルツハイマーの原因は、アミロイドβという脳のゴミが溜まること」。これは、あなたも聞いたことがあるかもしれません。正解ですが、少し足りません。なぜ、そのゴミが溜まってしまうのか? そこにこそ、本当の問題が隠されています。
ハーディ教授の説を、すごく簡単にまとめると、こうです。
「アルツハイマー病とは、脳の“ゴミ掃除システム”が、段階的に破綻していく病気である」
第1段階:ゴミ(アミロイドβ)が溜まりやすくなる
私たちの脳では、日々、アミロイドβというタンパク質のゴミが作られています。若い頃は、脳のお掃除部隊がこれをきれいに片付けてくれるので問題ありません。しかし、遺伝的要因、特にAPOE(アポイー)遺伝子のタイプによっては、このゴミが非常に捨てにくく、溜まりやすい体質の人がいます。これが、まず最初のつまずきです。この段階ではまだ、症状は現れません。
第2段階:ゴミ掃除係(ミクログリア)が暴徒化する
ゴミが溜まり続けると、脳の免疫細胞であり、ゴミ掃除係でもある「ミクログリア」が「これは大変だ!」と出動します。最初はせっせとゴミを片付けてくれる頼もしい存在。しかし、ゴミの量が多すぎると、彼らはパニックを起こし、やがて正気を失って“暴徒化”してしまうのです。
この暴徒化したミクログリアは、ゴミだけでなく、周りの正常な神経細胞まで見境なく攻撃し始めます。この時にまき散らされるのが慢性炎症や酸化ストレスといった有害物質です。この内部からの攻撃によって、神経細胞の変性・脱落が起こり、脳が萎縮していく。そして、記憶障害などの症状として、私たちの前に現れるのです。これが、アルツハイマー型認知症の病態生理の核心です。
共犯者「タウたんぱく」の出現
さらに悪いことに、この騒ぎの中で、神経細胞の内部では「タウたんぱく」という、別の種類のゴミまで溜まり始めます。アミロイドβが「家の外に溜まるゴミ」なら、タウは「家の中に溜まるゴミ」。家の外も中もゴミだらけになれば、その家(神経細胞)が機能しなくなるのは、当然の結果でしょう。この進行速度は人それぞれですが、一度始まると、ドミノ倒しのように悪化していきます。
もう手遅れ…?いいえ、希望の光は見えているの?

ここまで読んで、「もう絶望しかない…」と思っていませんか? 大丈夫ですよ。科学は、ただ絶望的な事実を突きつけるだけではありません。この“ゴミ掃除システム”の破綻に対し、具体的な希望の光を見出し始めています。
希望の光①:ついに登場した「脳のゴミ掃除薬」
近年、ニュースでも話題になった「レカネマブ(商品名:レケンビ®)」や「ドナネマブ」といった新薬。これらは、脳内に溜まったゴミ(アミロイドβ)に直接くっついて、掃除係のミクログリアが「ここにゴミがありますよ!」と気づきやすくする、画期的な治療薬です。
これらの薬は、アルツハイマー型認知症が治るという根本治療には至らないものの、病気の進行を明らかに遅らせることを証明しました。これは、「アミロイドβが原因である」という長年の仮説が正しかったことを証明する、歴史的な一歩です。ついに人類は、この難病の“親玉”に直接攻撃できる武器を手に入れたのです。
残された課題と、さらなる希望
もちろん、課題もあります。これらの薬には、副作用としてARIA(アミロイド関連画像異常)という脳の浮腫や出血のリスクが伴います。これは、薬が脳の血管に溜まったゴミを掃除する際に起こる、一種の炎症反応です。
しかし、科学者たちは諦めません。この副作用のリスクは、ゴミが大量に溜まる前に、つまり、より早期に治療を開始すれば、大幅に減らせると考えられています。そのためには、血液一滴で病気の兆候を捉える高精度な検査キットの開発や、オンライン診療などを活用した早期診断体制の構築が、今、急ピッチで進められています。
みんなの生声
関連Q&A

Q. アルツハイマーの脳内で起こる慢性炎症の役割は何か?
A. 脳内の慢性炎症は、もはや単なる結果ではなく、病気を悪化させる「主役級の悪役」だと考えられています。掃除係のはずの免疫細胞(ミクログリア)が、アミロイドβというゴミの刺激でパニックを起こし、毒性物質をまき散らして正常な神経細胞まで傷つけてしまう。これが慢性炎症の正体です。火事を消すはずの消防士が、なぜかガソリンをまき始めたような、悲惨な状況ですよ。この「炎症の暴走」を抑えることが、予防と治療の大きな鍵になると期待されています。
Q. 脳内アミロイドβとタウタンパク質の蓄積が認知症にどう影響するか?
A. アミロイドβとタウたんぱくは、いわば“二人組の凶悪犯”です。まず、アミロイドβが神経細胞の“外”に溜まり始め、炎症などのトラブルを引き起こします。これが引き金となって、今度は神経細胞の“中”でタウたんぱくが異常を起こし、細胞の骨格を破壊して、最終的に細胞を死に至らしめる。アミロイドβが放火犯で、タウがその火事に乗じて家財道具を破壊する内部の犯人、といったところでしょうか。この二段構えの攻撃が、記憶障害など深刻な症状を引き起こすのです。
Q. 遺伝以外に生活習慣がアルツハイマー原因に与える影響は何か?
A. 遺伝はあくまで「なりやすさ」を決める要素。その引き金を引くのが生活習慣です。例えば、高血圧・糖尿病などの生活習慣病は、脳の血管を傷つけ、ゴミ(アミロイドβ)の排出効率を悪化させます。不健康な食事や運動不足は、脳内の酸化ストレスや炎症を増やし、ゴミの生産量を増やしてしまう。つまり、「ゴミは捨てにくくなるのに、生産量は増える」という、最悪の悪循環に陥るわけです。あなたの今日のその一口、その一歩が、脳のゴミ問題に直結しているんですよ。
まとめ
さて、長いことお付き合いいただき、ありがとうございました。
今日の話で、アルツハイマー型認知症の原因という、漠然とした敵の正体が、少しは見えてきたのではないでしょうか。
- アルツハイマー病の根本原因は、脳の「ゴミ掃除システム」が段階的に破綻することにある。
- 第1段階は遺伝的要因で「ゴミが溜まりやすく」なり、第2段階で免疫細胞が暴走して「神経細胞を破壊」する。
- 最新治療薬は、このゴミ掃除を助ける画期的なものであり、人類は反撃の糸口を掴み始めている。
結局のところ、この病気との戦いは、いかにして脳のゴミを「溜めず」、そして「うまく掃除し続けるか」に尽きます。
今、不安になっているその時間も、あなたの脳のゴミは静かに溜まっています。まずは、今日の夕食から、脳に優しい青魚の一品でも加えてみませんか?その一口が、未来のあなたを救うのですから。