
この記事では、DNA変異と老化研究の世界的権威、ヤン・フィフ教授の対談をもとに、老化を止める研究の現在地と、私たちが本当に目指すべき未来について解説します。
この記事を読めば、下記3つのことがわかります。
- なぜあなたの身体が「老化」するのか、その根本的な原因
- 老化細胞除去などの最新研究が、どこまで進んでいて、何が課題なのか
- 老化研究の最新動向を踏まえ、私たちが今からできる具体的なアクション
▼ 情報元紹介
- 講演者: ヤン・フィフ(Jan Vijg)教授
- 経歴: アルバート・アインシュタイン医科大学遺伝学部長。加齢とゲノム不安定性の研究で著名。トランスジェニックマウスによる老化研究の先駆者
- 出典元: DNA Behind Longevity: Insights, Innovations, and Tech Icons with Jan Vijg | 218
※この記事は、講演の紹介であり、医学的アドバイスではありません。健康に関する判断は必ず医師にご相談ください。
その「老化」、あなたのせいじゃありません。

「最近、疲れが取れないなぁ…」「鏡を見るたびに、なんだか老けた気がする…」
毎日毎日、必死に働いて、体に良いと言われるものを食べて、なんなら高価な化粧水も使っている。それなのに、忍び寄る「老い」の気配に、心の中は不安でいっぱい。どうして自分だけこんなに辛いんだろう、と。
「努力が足りないからだ」「もっと意識を高くしないと」。真面目なあなたほど、そうやってご自分を責めていませんか。その自己嫌悪、やめにしましょう。はっきり言いますが、あなたの老化、あなた一人のせいではないんです。
そもそも、私たちの体の中では、毎日とんでもない数のエラー、つまり「突然変異」が起きているのです。え、聞いていませんでしたか? 大丈夫です、学校では教えてくれませんから。この、誰も教えてくれなかった「老化の根本原因」を知ることが、あなたの自己嫌悪を終わらせる第一歩になります。
老化の犯人は「DNAの傷」だった。教授が明かす、身も蓋もない真実

なぜ人間は老いるのか。この壮大な問いに、一人の天才が答えを出そうとしました。それが、今回ご紹介するヤン・フィフ教授です。彼の最大の功績は、これまで誰もきちんと見ることができなかった、あるモノを可視化したことです。
老化の正体は、DNAに蓄積する「ランダムな傷」
教授が長年の研究で突き止めた老化の犯人、それは体細胞のDNAに日々ランダムに発生し、蓄積していく「突然変異(傷)」でした。私たちの体は約37兆個の細胞でできていますが、その一つ一つの設計図であるDNAは、実は毎日傷だらけになっているのです。
若い頃は、この傷を修復する能力が高い。しかし、年を重ねるにつれて修復が追いつかなくなり、エラーが蓄積していく。その結果、細胞の機能が落ち、シミやシワ、病気といった「老化現象」として現れる。これが、教授が明らかにした老化のメカニズムです。要するに、新品の車も走り続ければガタがくるのと、理屈は同じ。身も蓋もない話ですが、これが科学的な真実です。
なぜ、生物は老化するようにできているのか?
「では、なぜそんな欠陥設計なんですか?」と思いますよね。答えはシンプルで、生物の最優先事項が「繁殖」だからです。進化の過程で、自然は「子孫を残すまで」の性能を最適化してきました。子孫を残した後のあなたの体のことなんて、正直、知ったことではないのです。
これを専門用語で「使い捨て体細胞理論」と言います。生殖可能年齢を過ぎた後の体のメンテナンス機能に、進化はコストをかけてこなかった。だから私たちは、必然的に老化し、死ぬようにできています。残酷ですが、これが生命のルールなのです。
ちなみに、がん細胞が「不死」なのも、この理屈で説明できます。本来、細胞は無限に増殖しないように厳しく管理されていますが、がん細胞はこの管理システムから逸脱し、本来持っていた「無限に増殖する」という原始的な性質を取り戻した、いわば“先祖返り”した存在なのです。
ちょっと待ってください。その「若返りの夢」、本当に進んでいますか?

「でも科学は進歩しているのだから、そのうち老化も止められるのでは?」
ええ、そう思いますよね。私もそう思っていました。毎日ニュースを見れば「AIがすごい!」「技術的特異点(シンギュラリティ)が来る!」なんて騒いでいますから。でも、フィフ教授、ここに冷や水どころか、氷水を浴びせてくるのです。
「技術の進歩は1970年代で止まっている」という不都合な真実
教授はある日、飛行機に乗りながら気づいてしまいます。「あれ、この飛行機、30年前に乗ったボーイング747と全然変わっていない…」と。そこから彼は、技術史を徹底的に調査し、衝撃的な結論に至ります。
画期的な発明の数は、1960〜70年代をピークに、実は停滞している。
「いやいや、iPhoneがあるじゃないですか!」と、みんな言います。教授も「10人中10人がiPhoneの話をする」と呆れていました。でも、考えてみてください。あなたが今、電気とスマホ、どちらか捨てろと言われたら、迷わずスマホを捨てるでしょう? 室内配管とスマホならどうですか? そういうことです。電気や上下水道のような、社会のOSを根本から変えるレベルの発明は、ここ半世紀、実は生まれていないのです。
AIは「すごい計算機」であって、「知性」ではない
「では、AIはどうなんですか!」という声が聞こえてきそうです。教授に言わせれば、今のAIは「真の知性」ではありません。あれは、とんでもない速さでデータを処理できる「すごい計算機」、つまりチップ性能の向上という「マイクロな発明」の延長線上にあるに過ぎない、と。
AIは、過去のデータから「次に来る確率が最も高いもの」を予測するのは得意ですが、それが「真実」かどうかを判断する能力はありません。東京からニューヨークへの飛行時間が半分にならない限り、私たちの生活の根本は、実は大して変わっていない。これが、教授が突きつける、少し寂しい現実なのです。
では、私たちはどうすればいいのですか?老化研究の“現在地”と希望

「老化の犯人はDNAの傷」「技術の進歩は停滞気味」…なんだか、希望のない話ばかりで気が滅入ってきましたか? 大丈夫です。ここからが本題。この厳しい現実の中で、私たちはどこに希望を見出せばいいのか。教授の言葉から、3つのヒントを探っていきましょう。
ヒント1:夢の「老化細胞除去ワクチン」より、地道なDNA修復
「老化細胞(セノリティクス)を除去する薬やワクチンはいつできるんですか?」これは、誰もが知りたいことですよね。確かに、老化細胞が分泌する炎症性物質(インターロイキン6など)が老化を促進することは分かっており、GLS1阻害剤やPD-L1を標的とした研究も進んでいます。
しかし、フィフ教授の研究が示唆するのは、もっと根本的なアプローチです。それは、DNAの傷を効率的に修復する能力を持つ「生殖細胞」や「幹細胞」のメカニズムを解明し、それを応用すること。
今後5〜10年で、この分野の研究は大きく進むと教授は予測しています。しかし、それを応用して人間の寿命を115歳から150歳に延ばすような根本的な治療法は、「今のところ不可能」であり、もし実現したとしても深刻な倫理的問題を伴う、と釘を刺しています。夢の新薬を待つより、ご自身の体の修復能力を信じ、それをサポートする生活を送ること。それが、今できる最も賢明な選択です。
ヒント2:「技術の停滞」を打破するのは、イーロン・マスクのような“変人”
技術の進歩が停滞しているなら、私たちの未来は暗いのでしょうか? いいえ、そうとも限りません。教授は、この停滞を打ち破る鍵は、常識にとらわれず、壮大なビジョンを掲げる「突飛な人」の存在だと言います。
コロンブスは、当時の常識では「ありえない」西回り航路でアメリカ大陸に到達しました。イーロン・マスクは、誰もが無理だと思っていたロケットの再利用を、SpaceXで実現させました。
短期的な利益や確実性ばかりを求める社会では、こうした画期的なイノベーションは生まれません。「どうせ無理」と諦めるのではなく、壮大な夢を語る“変人”を応援し、彼らの「壮大な間違い」に賭けてみること。それが、停滞した社会に風穴を開ける、唯一の方法なのかもしれません。
ヒント3:「自分だけの正解」を探すな。科学が示す“最大公約数”を信じろ
「結局、老化防止に一番効く食べ物って何なんですか?」
「アンチエイジングに最適な運動習慣は?」
お気持ちは分かります。でも、教授は言います。「地中海式ダイエットが良いとか、赤ワインがどうとか、そんな特定の食事法の影響はごくわずか。野菜を食べるべきだと知るのに、わざわざ高価な老化時計を買う必要はないでしょう?」と。
厳しい言葉ですが、これが真理です。老化のメカニズムは複雑で、万人に効く特効薬なんて存在しません。私たちができるのは、科学的に「体に良い」と証明されている、最大公約数の習慣を地道に続けることだけ。つまり、
- バランスの取れた食事で、細胞の炎症を抑える。
- 適度な運動で、エネルギー工場であるミトコンドリアを活性化させる。
- 質の高い睡眠で、日中に受けたDNAのダメージを修復する。
結局のところ、健康長寿への道に、近道はないのです。この身も蓋もない事実を受け入れることが、人生100年時代のスタートラインになります。
みんなの生声
関連Q&A

Q1. 老化防止に役立つ新しい分子標的は何か?
A1. 色々ありますが、一番ホットなのはDNA修復機構でしょう。私たちの細胞には、傷ついたDNAを直す素晴らしい機能が備わっていますが、年を重ねるとその能力が落ちてきます。特に、生殖細胞や幹細胞が持っている、極めて優秀な修復システムを、どうやって普通の体細胞で再現するか。これが、今の老化研究の大きなテーマの一つです。テロメアを伸ばすとか、老化細胞を除去するとか、色々言われていますが、結局は設計図のメンテナンスが一番の基本ということです。
Q2. 先端技術を用いた老化抑制の実用例を探る
A2. まだまだ実験段階のものがほとんどですが、例えばiPS細胞を使った「細胞の初期化(リプログラミング)」は期待されています。一度、細胞を生まれたての“まっさら”な状態に戻して、そこから新しい細胞や臓器を作る。理論上は可能ですが、これを人間で安全に行うには、まだまだクリアすべき課題が山積みです。下手に実行すると、がん細胞のように暴走しかねませんからね。夢は大きいですが、実用化はもう少し先の話だと思っておいた方が良いでしょう。
Q3. 長寿遺伝子と環境要因の相互作用について考察
A3. これは面白い質問ですね。確かに、一部には「長寿遺伝子」と呼ばれるものを持つ家系もあります。でも、忘れてはいけないのは、どんなに良い遺伝子を持っていても、生活習慣がメチャクチャでは意味がないということです。逆に、遺伝的に有利でなくても、食事や運動、睡眠といった環境要因を整えることで、健康寿命はいくらでも延ばせます。教授の研究でも、喫煙者の肺は非喫煙者に比べて圧倒的にDNAの傷が多いことが示されています。結局、配られたカード(遺伝子)で勝負するしかないのですが、そのカードの切り方(環境要因)次第で、ゲームの結果は大きく変わるということです。
まとめ
さて、老化の正体、少しは見えてきましたでしょうか。まとめると、こうです。
- あなたの老化は、DNAに日々蓄積する「ランダムな傷」が原因。個人の努力だけで完全に防ぐのは無理です。
- 「技術がすべてを解決してくれる」という夢は一旦忘れましょう。根本的な進歩は、実は停滞気味です。
- 結局、老化のスピードを遅らせる一番確実な方法は、食事・運動・睡眠という地道な生活習慣の改善です。
なんだか、がっかりしましたか? でも、これが現実なのです。不老不死の薬を待つより、まずは目の前の野菜をきちんと食べる。遠い未来の心配をする前に、今夜ぐっすり眠るための工夫をする。
人生100年時代というのは、そういう地味で、でも確実な一歩を、どれだけ続けられるかの勝負なのです。
さあ、あなたも下を向いていないで、まずはスクワットでもしてみてはどうですか? 未来の自分のために、ね。