この記事では、「死の受容の5段階」で知られる精神科医、エリザベス・キューブラー・ロス博士のインタビューに基づき、終末期の家族に何ができるか、その答えを探ります。延命治療とかの話だけしてても、心の溝は埋まらんやろ。神さんとか関係なしに、その人の「魂」に寄り添うっちゅう視点で、もういっぺん考えてみよか。
この記事を読むと、3つのことがわかります。
- なぜ終末期の親を前に「何もできない」と無力感に襲われるのか、その本当の理由がわかります。
- 宗教とは違う、キューブラー・ロス博士が提唱する「魂のケア」の具体的な考え方が理解できます。
- 看取る側のあなた自身の心を整え、後悔しない穏やかな時間を過ごすためのヒントが得られます。
話し手:エリザベス・キューブラー・ロス (Elisabeth Kübler-Ross)
プロフィール:スイス生まれのアメリカの精神科医。「死の受容の5段階」を提唱し、死とその過程に関する研究の第一人者として世界的に知られる。終末期医療やホスピス・ケアの分野に大きな影響を与え、タブー視されていた「死」についての対話を社会に開く。著書『死ぬ瞬間』は世界的ベストセラーとなり、医学・社会に大きな変革をもたらした。
出典:Dr. Elisabeth Kübler Ross on Spirituality & Resources For Terminally Ill, 1983. Full Interview.
※この記事は、講演の紹介であり、医学的アドバイスではありません。健康に関する判断は必ず医師にご相談ください。
目次
終わりが近い親を前に、無力感で胸が張り裂けそうになっていませんか

病院の白い部屋。機械の電子音だけが響く静寂。日に日に弱っていく親を前に、かける言葉が見つからない。
「何か食べたいものはある?」と聞いても、か細く首を横に振るだけ。医師からは治療方針の説明があるけれど、それはまるで他人事のよう。本当に聞きたいのは、そんなことじゃないのに。
家に帰れば、洗濯や食事の準備といった日常が待っている。その普通の生活が、親を見捨てているようで罪悪感を覚える。かと思えば、終わりの見えない介護に、ふと「早く楽にしてあげたい」と思ってしまい、そんな自分に嫌悪する。
ただそばにいることしかできない。この無力感が、鉛のように心に重くのしかかっていませんか。
なぜ言葉が通じない?患者と家族の「見えない壁」の正体

これまで、どれほど後悔してきたことでしょう。もっと優しくすればよかった。もっと話を聞いてあげればよかった。
そう思って病室へ向かうのに、いざ本人を目の前にすると、当たり障りのない天気の話しかできない。本当に大切な話が、喉まで出かかっているのに、どうしても言葉にならない。
なぜ、こんなにも心が通わないのか。それは、あなたの愛情が足りないからではありません。
キューブラー・ロス博士は、その壁の正体が、あなた自身の心の中にある「未完了の課題」だと指摘します。あなたが心の奥底にしまい込んできた怒り、悲しみ、後悔。それらが、目の前の親の姿によって刺激され、冷静な対話を妨げているのです。
これは、かつて誰もが経験した、痛みを伴う気づきです。そして、この壁を乗り越えない限り、本当の意味で相手に寄り添うことはできないのです。
E・キューブラー・ロス博士が語る、死の受容と対話法

キューブラー・ロス博士は、終末期のケアで最も重要なのは、医療が扱う「身体」や「知性」の領域だけでなく、その奥にある「魂(スピリチュアル)」の領域に目を向けることだと断言します。これは特定の宗教の話ではありません。人間が生まれながらに持つ、普遍的な内なる世界のことです。
患者の「内なる叡智」に耳を傾ける
驚くべきことに、患者本人は、医師や家族の誰よりも、自分自身の状態を深く理解しています。博士は、言葉にならないその「内なる叡智」を理解する方法として、患者に自発的な絵を描いてもらう手法を紹介します。
ある末期がんの男性は、言葉では化学療法を受け入れると言いながら、治療を「自分を攻撃する黒い矢」として描きました。彼の信条「汝、殺すなかれ」が、がん細胞さえも「殺す」ことを拒絶していたのです。医師がそれに気づき、「殺す」のではなく「取り除く」というイメージの転換を助けた時、彼は初めて心から治療を受け入れることができました。
死は終わりではない:「蝶と繭」のメタファー
死への恐怖を和らげるため、博士は子供たちにも伝わる美しいメタファーを使います。私たちの肉体は「繭(さなぎ)」のようなもの。病気や老化で傷つき、動かなくなっても、それは本来のあなたではありません。
死の瞬間とは、その古くなった繭から、美しい蝶が解き放たれるのだと想像してみてください。蝶となった大切な人は、もはや痛みも苦しみもなく、自由に飛び立つことができるのです。この視点は、死を単なる喪失ではなく、一つの「卒業」として捉え直すきっかけを与えてくれます。
看取りは悲劇ではない。穏やかな時間を取り戻すために

終末期の家族に本当にできることは、最新の治療法を探すことでも、無理に励ますことでもないのかもしれません。それは、まずケアするあなた自身が、自分の心と向き合うことから始まります。
あなたの「未完了の課題」と向き合う
博士は、ケアする側の燃え尽き(バーンアウト)は、自分自身の「未完了の課題」を放置している時に起こると言います。もし、患者の何気ない一言に激しく心が揺さぶられるなら、それは相手の問題ではなく、あなた自身の心の古傷がうずいているサインです。
博士の言う「未完了の課題」とは、具体的にどのようなものでしょうか。それは、過去の親子関係の中で、伝えきれなかった感情や言葉かもしれません。あるいは、親に対する理想や期待と、現実との間で生まれた葛藤である可能性もあります。
時には、親との関係とは直接関係なく、あなた自身の人生における後悔や、まだ許せていない誰か、あるいは自分自身のことが、目の前の親の姿を通して映し出されているのかもしれません。
博士が教えてくれるのは、まず「自分の心が何に反応しているのか」に気づくことの重要性です。こうした自分自身の心に静かに目を向けることが、終末期の家族に本当にできることを考える上での、最も誠実な第一歩になります。
悲劇を成長に変える「選択」
博士は、人生の苦難を「研磨機に入れられた石」に例えます。同じように激しく揺さぶられても、砕け散ってしまうか、磨かれて美しい宝石になるかは、自分自身の「選択」です。
看取りという、これ以上ないほどの辛い経験。しかし、その痛みや怒り、無力感をすべて表現し尽くした時、人はより深く、より優しく、磨かれた存在になることができるのです。
みんなの生声
関連Q&A
Q.終末期の家族とどう関わればいいの?
A.大切なのは、医療的なケアだけでなく、本人の「魂の領域」に寄り添うことです。キューブラー・ロス博士は、宗教とは関係なく、誰もが内なる叡智を持っていると説きます。答えを急かさず、本人が話したい瞬間にただそばにいて耳を傾けること、そして本人の言葉にならないサイン(絵や仕草)を尊重することが、深いコミュニケーションに繋がります。
Q.患者本人の本当の気持ちは、どう理解すればいい?
A.人は言葉だけでなく、象徴的な方法で本当の気持ちを表現することがあります。博士は、患者に自発的な絵を描いてもらう手法を紹介しています。言葉では「治療を頑張る」と言っていても、絵の中では治療を拒絶していることも。こうした言葉にならない「内なる声」に気づくことが、本人の本当の願いを理解する鍵となります。
Q.自分自身の辛い気持ちの持ち方を知りたい
A:看取る側の辛さは、相手への共感だけでなく、自分自身の「未完了の課題が刺激されることで増幅されます。もし相手の言動に過剰に反応してしまうなら、それは自分自身の心と向き合うサインです。自分の感情を認め、信頼できる人に話したり、安全な場所で発散したりすることが、燃え尽き(バーンアウト)を防ぎ、穏やかに寄り添う力になります。
この記事で紹介したエリザベス・キューブラー・ロス博士の思想にさらに触れたい方には、代表作である『死ぬ瞬間』をおすすめします。
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まとめ
あらためて、今日の話の要点をおさらいします。
- 終末期の対話を妨げる壁は、あなた自身の「未完了の課題」が原因かもしれません。
- 死は終わりではなく、傷ついた繭から蝶が飛び立つような、解放の瞬間と捉えることができます。
- 看取る側のあなたが自分自身の心をケアすることが、最高の相手へのケアに繋がります。
もうええねん。「何もできへん」言うて、自分を責めるんは、もうおよしや。ただ、そばにおったって。それでええ。ほんでな、相手の心と、あんた自身の心に、そっと耳を澄ますんや。それこそがな、「家族に何ができるんやろ」っちゅう問いに対する、一番尊い答えやと、わては思うで。
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