
「血液を掃除すれば若返る」。まるでSFのような話ですが、これを本気で、しかも1回100万円超えのサービスとして始めた会社がアメリカにあります。2025年7月4日、シアトルに拠点を置くスタートアップ企業が、この“血液クリーニング事業”のために、なんと1200万ドル(約18億円)もの大金を集めたと発表しました。
このニュースの要点は、下記3つです。
- 血液から老化物質を取り除くという、1回100万円超の高額な長寿サービスが米国で開始された。
- 小規模な自社研究では「生物学的年齢が2.6歳若返った」とする一方、多くの専門家はその効果と安全性に疑問を呈している。
- このサービスは、富裕層の間で広まる「バイオハッキング」という、過激な健康法の一環として注目されている。
▼ 出典元
Seattle startup Circulate Health raises $12M for pricey ‘blood-cleaning’ longevity service
未来の医療か、ただの金儲けか。シアトル発、富裕層向け“血液掃除”サービスが始動
物語は、アメリカのシアトルから始まります。2024年1月、Circulate Healthという一社のスタートアップが、富裕層をターゲットにした、にわかには信じがたいサービスを開始しました。その名も「治療的血漿交換(therapeutic plasma exchange)」。平たく言えば、「血液のお掃除」です。
このサービスは、専用の機械で患者の血液を一度体外に取り出し、血球成分と液体成分(血漿)に分離。老化や炎症の原因となる物質が含まれる古い血漿を廃棄し、きれいになった血球を、代わりとなるタンパク質溶液と一緒に体内に戻す、というもの。いわば、体全体の循環器系をオーバーホールするようなイメージですね。
料金は1回の施術で、なんと8,000ドルから10,000ドル。日本円にして約120万円から150万円。もちろん、保険適用外の自由診療です。この高額なサービスが、今、アメリカの長寿やアンチエイジングに関心を持つ人々の間で、静かな、しかし熱狂的な注目を集めているのです。
老化研究の権威が仕掛ける、「血漿交換ルネサンス」という野望
この、一見すると荒唐無稽なサービスを仕掛けるのは、決して怪しい人物ではありません。共同創業者の一人、エリック・ヴァーディン(Dr. Eric Verdin)博士は、世界的に有名な老化研究機関「バック研究所」のCEOを務める、この分野の正真正銘の権威です。Circulate Healthが提供するサービスの科学的根拠は、彼の研究に基づいています。
もう一人の共同創業者でありCEOのブラッド・ヤングレン(Dr. Brad Younggren)博士は、「私たちは、血漿交換ルネサンスの始まりにいる」と語ります。彼の野望は、これまで特定の難病治療に限られていた血漿交換技術を、一般の外来クリニックで受けられる「若返り治療」として普及させること。まさに、テクノロジーを使って老化に挑む「バイオハッキング」の思想そのものです。
彼らは、ただサービスを提供するだけでなく、バック研究所と共同で自社の治療効果を検証する研究も行っています。その研究論文は、2024年5月に科学誌『Aging Cell』に掲載されました。
自社研究で「2.6歳の若返り」を主張する、その根拠と限界
では、彼らはどのようにして「若返り」を証明しようとしているのでしょうか。
その研究では、平均年齢約67歳の参加者を3つのグループに分け、①偽薬(プラセボ)を投与するグループ、②血漿交換を6回受けるグループ、③血漿交換に加えて抗体を投与するグループ、で比較しました。その結果、③のグループが最も効果が高く、生物学的年齢が平均で「2.61歳」若返った、と報告しています。
「細胞の若返りと一致する、多くの期待された結果が見られた」とヤングレン博士は自信を見せます。しかし、この景気の良い話には、いくつもの注意書き(但し書き)が付いてきます。
- 研究規模が小さい: 参加者はわずか42人。
- 期間が短い: 治療期間中の2〜5ヶ月間の変化しか見ておらず、長期的な効果は不明。
- 主観的な評価がない: 患者自身が「元気になった」「記憶力が良くなった」と感じたかどうかのデータは測定されていない。
つまり、「細胞レベルでは若返ったかもしれないが、それが本当に健康で幸せな長生きに繋がるかは、全く証明されていない」のです。この点については、ニューヨーク・タイムズの記事でも、多くの外部の医療専門家が「意義に乏しい」「長寿への利益の証拠は全くない」と、厳しい指摘をしています。
それでも富裕層が熱狂する理由と、私たちが本当に警戒すべきこと
効果も安全性も不確かなのに、なぜ1回100万円以上もするサービスに、人々は熱狂するのでしょうか。
その背景には、シリコンバレーのテック界の大物、ジェフ・ベゾスやサム・アルトマンといった人々も投資する、「長寿テクノロジー」という巨大な市場の存在があります。彼らは、老化を「治療可能な病気」と捉え、科学技術の力でそれを克服しようとしています。Circulate Healthのサービスは、このムーブメントの象徴的な事例なのです。
しかし、私たちはここで冷静になる必要があります。専門家が指摘する血液クレンジングの危険性とは、単に効果がないかもしれない、ということだけではありません。
- 感染症のリスク: 血液を一度体外に出すという行為には、常に感染症という重大な副作用のリスクが伴います。
- その他の合併症: 治療に伴うアレルギー反応や、血圧の変動など、予期せぬ健康被害が起こる可能性もゼロではありません。
- 効果の持続性への疑問: 研究データでは、治療の後半になるほど若返り効果が薄れていくことも示唆されており、効果が一時的である可能性が高い。
結局のところ、このサービスは、まだ科学的に確立されていない「実験的治療」を、高額な自由診療として提供しているに過ぎないのです。
まとめ
あらためて、このニュースの要点をおさらいします。
- 血液から老化物質を取り除くという、1回100万円超の高額な長寿サービスが米国で開始された。
- 小規模な自社研究では「生物学的年齢が2.6歳若返った」とする一方、多くの専門家はその効果と安全性に疑問を呈している。
- このサービスは、富裕層の間で広まる「バイオハッキング」という、過激な健康法の一環として注目されている。
このニュースは、私たちに非常に重要な教訓を与えてくれます。それは、「最先端=最善」とは限らない、ということです。
もちろん、老化を克服しようとする科学の進歩は、素晴らしい希望です。しかし、その過程では、今回のような科学的根拠の乏しい、高額でリスキーなサービスも必ず現れることを念頭に置いた上で判断したいですね。